訪問診療の専門医インタビュー (いきいきクリニック)

訪問診療

多面的包括的在宅ケアで、慢性安定期を導く。COPDや神経難病患者の訪問診療に尽力する「在宅医療」の専門医

武知 由佳子先生

2017/03/07

MEDICALIST
INTERVIEW
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いきいきクリニック
武知 由佳子 院長
Yukako Takechi

  • 在宅医療専門医
経歴
1993年、新潟大学医学部卒業。昭和大学緩和ケアチーム、太田病院 呼吸器科、国立病院機構八雲病院小児科を経て、訪問診療を専門にした「いきいきクリニック」を2007年に開院した。 勤務医時代は、呼吸器科を専門に救急から在宅までの診療で研鑽を積み、2度、世界数カ国で呼吸器ケアの視察も実施。加えて八雲病院時代には、筋ジストロフィーへの非侵襲的人口呼吸ケアの研修を行った。クリニックでは、「愛と情熱を持って地域に仕える」をモットーに、地域の在宅患者への質の高い医療提供に尽力している。

勤務医時代の研鑽から、呼吸器を自らの専門に

いきいきクリニックの待合室

当院は2017年で開院10年を迎える午前は外来、午後から訪問診療、夜間に再度外来という、在宅療養支援診療所です。これまで、私の専門である呼吸器科の経験と診療技術を生かし、COPDや、小児交互性片麻痺やALSなどの小児や成人の神経難病といった医療依存度の高い患者さまを中心に呼吸ケア・リハビリテーションを行ってきました。

私が呼吸器科を専門とし訪問診療に取り組んだきっかけは、勤務医時代に遡ります。もともと、学生時代は、がん終末期の患者さまに緩和ケアを行うドクターをめざし、卒業後はご縁があった昭和大学緩和ケアチームに入局。その後、勤務した大田区の大田病院では、がんの診断、告知から化学療法、終末期、そして家族ケアまでの継続した緩和ケア、訪問診療にも携わっていました。

当初は外科チームの在籍でしたが、その後は4~6ヶ月ごとのローテート研修に入りました。そして、呼吸器科で担当したのが間質性肺炎の患者さまでした。

徹頭徹尾、治療に専念した症例から得た実感

訪問診療についてインタビュー時の武知先生

治療経過において生命を維持できるかという予測を「生命予後」といいますが、間質性肺炎急性増悪は、非常に生命予後が厳しい病気で有名です。しかし、人工呼吸管理中に両側気胸を起こし、最高で3本のチェストチューブを挿入しながら、感染予防をしながらの治療。私はなんとかよくなってもらいたい一心で治療にあたり、くる日もくる日も患者さんに付きっきりのケアを続けました。また、経過で気になることがあればさまざまな先生のもとに相談に行き、幾度も検証を重ねました。相談した医師全員がもう無理だよ。と言っていました。しかし諦めきれずに患者様に希望を語りつつ、積極的な治療を行っていきました。今振り返っても、 “病棟にへばりつく”ような、そんな毎日だったと感じています。

結果、その成果があり、次第に病態は安定し、患者さまは退院するまでに。奇跡だと言われながら、人工呼吸器が離脱できて、最初に浴槽に全介助入浴も看護師と一緒に行い、その時のことを思い出すと感動で今でも涙が出ます。およそ9ヶ月間にわたるこの経験から呼吸器科に興味を持ち、専門として深めていきたいと考えました。その後は、国立病院機構八雲病院小児科、川崎協同病院呼吸器科での研鑽を経て、当院に至るのですが、その間に2度ほど渡航し、カナダやアメリカ、フランス、イタリア、オーストラリアの医療現場で呼吸器医療の視察も行いました。日本の医師体制は非常に厳しいですが、患者様の病態を一人の医師が、最初から最後まで多面的に診て介入できるというこのスタイルは、患者様にとったら最高なことだと実感し、しかし一人の方に寄り添うためには、しっかりと勉強し、技術を習得する必要があること、そういう重い責任も同時に担う必要があることを感じました。

先ほどの患者さまのように、ベットサイドにへばりついているから変化を気づけ、早急に診断し、早期に介入できます。その医師の情熱や熱心さが明暗を分けるのだということも経験しました。そしてあきらめずにじっくりと向かい合い、また在宅でも生活者としての患者様に伴走していくこと。この継続的な医療がとても重要だと思いました。

しかし今は入院日数の短縮が叫ばれ、急性期の治療半ばで帰ってきます。ある意味その治療で良いのか、この治療で安定化するのか?再度在宅生活の中で吟味しなおす必要があります。在宅医療の担う役割は単なる看取りではなく、積極的な医療介入を行い、慢性安定期を確立する必要があり、幅広い知識と、急性期の場での経験がとても重要です。積極的な介入を必要とする急性期医療の在宅での継続から、慢性安定期の確立、そして看取りまでを行うのが、いきいきクリニックなのです。

COPD患者の入院にみる急性増悪と負のスパイラル

慢性閉塞性肺疾患の説明風景

当院が在宅で担当させていただいている患者さまの多くは重度〜超重度のCOPDです。慢性閉塞性肺疾患という、喫煙歴の長期化が最大の引き金となる病気で、肺の局所にさまざまな障害と炎症が生じます。FEV1%の予測値からそれぞれⅠ〜Ⅳのステージに分類され、主な症状は咳や痰、息切れ。加えて、ステージが上がるほど急性増悪を起こしやすく、また、肺機能の低下により日常生活が困難になります。残念ながらCOPDを発症した肺をもとに戻すことはできませんが、今では吸入薬の進歩、そして多面的包括的呼吸ケア・リハビリテーションで苦しさから開放させることはできます。呼吸苦とは溺れるほど苦しいことですから、これが起これば、患者さまは死の恐怖を味わい、救急車を呼び、救急外来を頻回に受診してしまいます。真の慢性安定期を確立し、患者自らの対処で頻回な呼吸苦を起こすことなく、日々の生活を送れるようになることが、多面的包括的呼吸ケア・リハビリテーションです。

そこで、最たる課題となるのが、急激に病状が悪化する「急性増悪(ぞうあく)」という状態。COPDの急性増悪は感染や心不全増悪という明らかな悪化を契機起こることは当然、低気圧が近づき肺内の残気が少し膨張する、精神的にパニックになり頻呼吸になる、胃が満腹になり横隔膜を圧迫する、便秘になる、こんな日常の普通の生活の中の出来事でさえ、急性増悪を起こします。私の経験で語れば、急性増悪で入院してしまうと、患者さまはほぼ、「フレイル」という“心身や筋力の活力が低下した状態”になります。突然、食事が病院食に変わり、ベッドでの静養を強いられるなどの環境変化が要因です。しかし、近年病院は入院期間の短縮傾向にありますから、急性増悪自体が治れば即退院となってしまい、懸念を残した状態で自宅に戻らなければなりません。また、急性増悪は繰り返しやすいので、再度入院する可能性も高いといった負のスパイラルに陥りがちです。

1年目に急性増悪を2回以上起こした患者さまの場合、2年目は60%、3年目は57.1%の方が、再度2回以上起こすという報告があり、また、海外の病院の事例では、COPD入院患者577名のうちの47%が30日以内に再入院したという報告もあります。さらに、入院理由とは別の理由、つまり院内感染のリスクもあり、入院後の生存率は20〜40%とされています。もしかすれば、一般的には病院だからこそ治療できるというイメージもあるのかもしれませんが・・・、在宅でこそ急性増悪の予防ができ、最も重要な多面的包括的呼吸ケア・リハビリテーションは在宅でしか実現しえません。病院依存医療から、在宅依存医療にすべきです。ここに訪問診療医の腕があります。

ADL(日常生活動作)を高く保ちQOLを維持する専門的訪問診療体制

専門的訪問診療体制

そこで、肝心になるのが、在宅での十分な医療体制。トータルマネジメントが可能な医療チームで、専門的な診療、ケアやリハビリを行える環境づくりです。そこを確立すれば、急性増悪をできるだけ回避しながら、かつ身体活動性も高く保たせられることから、患者さんはQOLの低下しない療養生活を自宅で送ることができる。当院では、そういった体制を整え、これまで成果をあげてきました。

具体的には、多面的包括的呼吸ケア・リハリビテーションは、「早期診断」、「薬物療法による早期介入」、「禁煙指導」、「慢性安定期の確立」、「併存疾患への介入」、「HOT(在宅酸素療法)およびNPPV(非侵襲的陽圧換気療法)」、加えて「呼吸リハビリテーション」、「栄養指導・療法」、「精神的ケア」といった複数の項目を私ほか当院の訪問看護師、理学療養士、管理栄養士が協力して実践しています。

在宅だから成し得る「多面的包括的在宅ケア・リハビリテーション」

まず、早期診断や早期介入、または急性期を在宅で診ていくことで、慢性安定期を確立しやすくします。そして、症状の緩和を行いながらCOPDや併存症の管理を継続して実施。さらに、COPDは重症度に関わらず身体活動度が高い方が生命予後のよい病気ですから、ADLを保つべく、患者さんが呼吸リハビリテーションを生活習慣の一部として楽しく長く取り組めるようになるまでサポートしていく。加えて、この一連の流れには「パニックコントロール」や「抑うつ状態のケア」といった精神的なケアや「患者教育」、人生を振り返ったり、病いを担いながらも生きていく自分の存在意義を見出せるような社会的ケアやスピリチュアルケアも含まれています。しかしCOPDの治療というのは、一見「病態疾患管理」と思われるものが「症状緩和」にもなり、「心理社会的、スピリチュアルケア」にもなりえます。だからどのような病期においても、しっかりとした「病態疾患管理」を続けるべきです。ここがガンとは異なるところです。そして、こういった多面的包括的ケア・リハビリテーションは、病院ではなく、顔と顔が見える在宅の現場だからこそ、成し得ることだと私は考えています。

一例となりますが、当院の症例では、ケアマネージャーの紹介により、1年に急性憎悪で3回の入院歴を持つ、通院が可能なCOPDの患者さまを担当。トイレへの往復も苦しいと訴えられ、初診では重症高増悪リスクレベルの患者さまでした。

まず、症状を軽減させるため、これまで服用してきたというお薬の選定し直し、HOTを導入。自発的呼吸リハビリテーションプログラムを作成、当院の訪問作業療法士が指導を行い、日常作業における呼吸苦を軽減することができました。その後、気道感染や近接した低気圧の影響、また狭心症の併発により、急性増悪が発生し通院が困難に。そこに対し、病態を鑑みた薬物治療の実施とともに、NPPVの導入を行いました。

急性増悪を機として呼吸機能は低下しましたが、そののち急性増悪後の指標であるCATや、ADL評価であるNRADLともに月を追って改善。訪問管理栄養士の栄養指導を行った結果、患者さまの身長168㎝に対し、体重は60kg、BMIは21.3となり、身体活動の高い生活が可能となりました。ただ、ここで注目すべきは、患者さまのお気持ちです。お一人での生活であり、「ゴミ出しや買い物は自分で」という強い意志を持たれており、呼吸リハビリやNPPVも積極的に取り組んでいらっしゃいました。まさにご本人の目的主導型の呼吸ケア・リハビリテーションの実現が、患者様の行動変容と継続につながり、超重症でありながらもADL(身体活動性)が高く、QOL高く地域で生活できるのです。

いきいきクリニックのリカバリー室

“愛と情熱を持って地域に支える”を根底に、広がる呼吸ケア・リハビリの輪

各地を俯瞰すれば、まだまだCOPD患者さまにとって十分な環境が整っているとは言い切れません。なかには老衰で済まされてしまう場合もあると聞きますし、また、在宅で専門的な診断、NPPVの設定についても対応できる先生は多くはない。さらに、お話ししたように、医師だけではなく他の専門医療者と協力し、専門性の高いチームづくりが求められます。

しかし、私が取り組んできたこの9年で訪問診療は大きく進化したと感じています。開院以降、「川崎呼吸ケア研究会」を月に1〜2回開催していて、これまでに数十回を数えますが、慢性呼吸器疾患専門または神経難病専門の看護師、理学療養士、管理栄養士、そして先生方の参加数は回を増して増え、「川崎呼吸ケア・リハビリテーションネットワーク」へと発展しました。そして、この団体主催で開催している「川崎呼吸ケア・リハビリテーションネットワーク研究会」の第3回に至っては、150人の会場のところおよそ200名の方々が参加。また、当院のような体制で訪問診療に取り組みたいという、若い先生も増えてきています。

医療費逼迫という昨今の医療情勢を見ても、当院の専門的訪問診療は大きく貢献できることだと思っています。今後も、私のモットーである“愛と情熱を持って地域に仕える”を胸に、顔の見える在宅チームで、患者さまお一人おひとりの呼吸苦の改善、ADL、QOL向上、まさにトップアスリートを支えるコーチ陣のように、その患者様に伴走していきたいと思っています。